日曜雑談:幸せの伝え方と共感について考えてみた
皆さん、こんにちは!今日はお休みの日ということで、まったり雑談回です。最近ふと思ったことについて、つらつらと話していきたいと思います。
幸せって、押し付けるものじゃない
人って、誰かに「幸せになってほしいな」って思うこと、ありますよね。私も、周りの人が笑顔でいてくれたら嬉しいなって思います。
でも、「幸せになってほしい」って気持ちが先走って、「あなたは幸せよ!」って一生懸命伝えても、本人がそう感じていなければ、全然響かないんですよね。むしろ、「いや、別に今幸せじゃないし…」って反発されちゃうこともあるかもしれません。
じゃあ、どうしたらいいんだろう?って考えた時に、ふと気づいたんです。私が「助かった」話をすればいいんじゃないかなって。
例えば、「〇〇なことがあって大変だったけど、〇〇さんの言葉に救われたんだ」とか、「〇〇ができるようになって、すごく嬉しい!」とか。
自分の経験を通して、「こういう時に幸せを感じるんだ」ってことを伝える。そうすることで、相手も「あ、それって幸せなことなんだ」って気づいてくれるかもしれない。
もちろん、言い過ぎると「私ばっかり幸せ自慢してるみたいだな…」って思われるかもしれないけど、あくまで提案として伝えることが大切なんじゃないかなって思います。
宗教と信仰って、ちょっと違うかも
あと、宗教団体と個人の信仰って、ちょっと違うんじゃないかなって思うんです。
宗教団体って、どうしても組織を維持するために、信者さんを増やしたり、活動を続けたりする必要がある。
でも、個人の信仰って、もっと自由なものだと思うんです。ただただ、目の前のことを楽しんで、喜んで生きる。それが信仰なんじゃないかなって。
もちろん、誰かに「神様のことを教えてあげたい!」って気持ちを持つ人もいるかもしれない。それはそれで素敵なことだと思うけど、無理強いするものでもないと思うんです。
形のないものが、人の心を動かす
そういえば、天理教の教えって、すごくシンプルですよね。「病気に生きる」っていう、たったそれだけのことを教えてくれた。
それなのに、190年もの間、たくさんの人がその教えに触れて、救われたり、生き方を変えたりしてきた。
形のない教えが、人の心を動かすって、すごく不思議だなって思います。
共感って、難しい
最近、「共感って大事だよね」って話をよく聞きます。確かに、誰かに「辛いね」って言われた時に、「わかる!」って共感してもらえると、心が軽くなることってありますよね。
でも、悩んでいる人と話す時って、どこまで共感したらいいのか、迷ってしまうことがあるんです。
相手の話にずっと「そうですよね」って共感し続けても、その人の状況が何も変わらないかもしれない。かといって、共感しないのも違う気がするし…。
傾聴って、もっと深い
そんな時に知ったのが、「傾聴」っていう言葉です。
共感は、相手の感情に寄り添うこと。傾聴は、相手の話にただただ耳を傾けること。
相手が何を言いたいのか、どんな気持ちなのか、それをただただ聞く。そして、相手の言葉をそのまま返す。
例えば、相手が「〇〇さんが悪い!」って言ったとしても、「〇〇さんが悪いんですね」って返す。
共感だと、「〇〇さん、ひどい!」って一緒に怒っちゃうかもしれないけど、傾聴は、あくまで相手の言葉をそのまま受け止める。
カウンセリングって、すごい
カウンセリングって、まさに傾聴のプロですよね。
相手が話したいことを話せるように、言葉を選んだり、質問したりする。
相手の言葉の奥にある、本当の気持ちを探り当てる。
そして、最終的には、相手自身が答えを見つけられるように導く。
カウンセリングって、本当にすごいなって思います。
まとめ
今日は、幸せの伝え方と共感について、つらつらと話してみました。
どちらも、奥が深くて、まだまだ勉強不足だなと感じています。
でも、相手の気持ちに寄り添うことの大切さは、改めて感じることができました。
これからも、色々なことを学びながら、人との関わりを大切にしていきたいなと思います。
それでは、また!